

植物が好きというより 土いじりが好きだった
星野 和志 さん
#ぶどう農家
#農業経営
#土いじりの哲学
#土地の豊かさを次世代へ
植物が好きというより
土いじりが好きだった
星野さんがぶどう園を継ぐ決意をしたのは、社会人になって5年が経った頃だった。そもそも農業をやろうと思ったのは、いつだったのだろう。
「幼稚園生のころから祖父母のぶどう園で土いじりをしたり、出荷の箱を組み立てたり、半分手伝い、半分邪魔みたいな感じで遊んでいました。そうして触れてきた農業で何か作りたいと思うようになって、中3の進路選択で農林高校へ進もうと決めました」
とはいえ、初めからぶどう栽培をしようと決めていたわけではなかった。
「高校は複数の学科に分かれていて、自分が入った学科はぶどうを扱わなかったんです。元々ぶどうに固執していたわけではなく、まずは植物を育てることを学びたかった。高校では野菜だけでなく、米などの作物も学べましたし、バイオテクノロジーまではいきませんが、植物の成長点の先端を顕微鏡で見て切って培養してとか、幅広い分野を学ぶことができました」
その後、農林大学校の野菜のコースに進み、卒業後は農事組合法人に就職する。
「農林大学校に進む時、将来的には自分で農業経営までやりたいと思っていました。就職して5年ほど経験を積む中で、基盤を築くところから始めるのはハードルが高いとわかりました。野菜を育てる前の設備投資に加えて、野菜が出荷できない間は収入がないですから。ちょうどその頃、祖父母が70代後半で体調を崩しながらぶどう栽培をやっているという状態だったこともあり、独立について親に相談したところ、祖父母のぶどう園をやっていくほうがいいんじゃない?という話になり、継ぐ決意をしました」

農事組合法人を退職した後、星野さんは1年ほど地域のぶどう園で研修させてもらい、ぶどう作りを学んだ。
「技術的なことは、そのぶどう園で学びました。祖父母から学んだのは、ぶどうに向き合う姿勢ですね。祖母の教えの一つに『ぶどうにとっての一番の肥やしは人の足跡だ』というのがあるんですが、毎日畑に足を運んで、自分の目で見て手を入れることが良いぶどうにつながるという意味です。ぶどうは手作業で育て上げるものなので人柄が出るというか、やっぱり、いい加減なことをすると、いい加減なぶどうしかできない。手をかければかけるほど応えてくれて、いいものになる。ぶどうは人間のように喋って調子を伝えることができないからこそ、人間が毎日、葉や枝の状態から調子を読み取って、適正な手入れをすることが大事なんです」

60 年を超える歴史を持つぶどう園を星野さんは引き継いだ。


植物が好きというより 土いじりが好きだった
星野 和志 さん
#ぶどう農家
#農業経営
#土いじりの哲学
#土地の豊かさを次世代へ
植物が好きというより
土いじりが好きだった
星野さんがぶどう園を継ぐ決意をしたのは、社会人になって5年が経った頃だった。そもそも農業をやろうと思ったのは、いつだったのだろう。
「幼稚園生のころから祖父母のぶどう園で土いじりをしたり、出荷の箱を組み立てたり、半分手伝い、半分邪魔みたいな感じで遊んでいました。そうして触れてきた農業で何か作りたいと思うようになって、中3の進路選択で農林高校へ進もうと決めました」
とはいえ、初めからぶどう栽培をしようと決めていたわけではなかった。
「高校は複数の学科に分かれていて、自分が入った学科はぶどうを扱わなかったんです。元々ぶどうに固執していたわけではなく、まずは植物を育てることを学びたかった。高校では野菜だけでなく、米などの作物も学べましたし、バイオテクノロジーまではいきませんが、植物の成長点の先端を顕微鏡で見て切って培養してとか、幅広い分野を学ぶことができました」
その後、農林大学校の野菜のコースに進み、卒業後は農事組合法人に就職する。
「農林大学校に進む時、将来的には自分で農業経営までやりたいと思っていました。就職して5年ほど経験を積む中で、基盤を築くところから始めるのはハードルが高いとわかりました。野菜を育てる前の設備投資に加えて、野菜が出荷できない間は収入がないですから。ちょうどその頃、祖父母が70代後半で体調を崩しながらぶどう栽培をやっているという状態だったこともあり、独立について親に相談したところ、祖父母のぶどう園をやっていくほうがいいんじゃない?という話になり、継ぐ決意をしました」

農事組合法人を退職した後、星野さんは1年ほど地域のぶどう園で研修させてもらい、ぶどう作りを学んだ。
「技術的なことは、そのぶどう園で学びました。祖父母から学んだのは、ぶどうに向き合う姿勢ですね。祖母の教えの一つに『ぶどうにとっての一番の肥やしは人の足跡だ』というのがあるんですが、毎日畑に足を運んで、自分の目で見て手を入れることが良いぶどうにつながるという意味です。ぶどうは手作業で育て上げるものなので人柄が出るというか、やっぱり、いい加減なことをすると、いい加減なぶどうしかできない。手をかければかけるほど応えてくれて、いいものになる。ぶどうは人間のように喋って調子を伝えることができないからこそ、人間が毎日、葉や枝の状態から調子を読み取って、適正な手入れをすることが大事なんです」

60 年を超える歴史を持つぶどう園を星野さんは引き継いだ。


植物が好きというより 土いじりが好きだった
星野 和志 さん
#ぶどう農家
#農業経営
#土いじりの哲学
#土地の豊かさを次世代へ
植物が好きというより
土いじりが好きだった
星野さんがぶどう園を継ぐ決意をしたのは、社会人になって5年が経った頃だった。そもそも農業をやろうと思ったのは、いつだったのだろう。
「幼稚園生のころから祖父母のぶどう園で土いじりをしたり、出荷の箱を組み立てたり、半分手伝い、半分邪魔みたいな感じで遊んでいました。そうして触れてきた農業で何か作りたいと思うようになって、中3の進路選択で農林高校へ進もうと決めました」
とはいえ、初めからぶどう栽培をしようと決めていたわけではなかった。
「高校は複数の学科に分かれていて、自分が入った学科はぶどうを扱わなかったんです。元々ぶどうに固執していたわけではなく、まずは植物を育てることを学びたかった。高校では野菜だけでなく、米などの作物も学べましたし、バイオテクノロジーまではいきませんが、植物の成長点の先端を顕微鏡で見て切って培養してとか、幅広い分野を学ぶことができました」
その後、農林大学校の野菜のコースに進み、卒業後は農事組合法人に就職する。
「農林大学校に進む時、将来的には自分で農業経営までやりたいと思っていました。就職して5年ほど経験を積む中で、基盤を築くところから始めるのはハードルが高いとわかりました。野菜を育てる前の設備投資に加えて、野菜が出荷できない間は収入がないですから。ちょうどその頃、祖父母が70代後半で体調を崩しながらぶどう栽培をやっているという状態だったこともあり、独立について親に相談したところ、祖父母のぶどう園をやっていくほうがいいんじゃない?という話になり、継ぐ決意をしました」

農事組合法人を退職した後、星野さんは1年ほど地域のぶどう園で研修させてもらい、ぶどう作りを学んだ。
「技術的なことは、そのぶどう園で学びました。祖父母から学んだのは、ぶどうに向き合う姿勢ですね。祖母の教えの一つに『ぶどうにとっての一番の肥やしは人の足跡だ』というのがあるんですが、毎日畑に足を運んで、自分の目で見て手を入れることが良いぶどうにつながるという意味です。ぶどうは手作業で育て上げるものなので人柄が出るというか、やっぱり、いい加減なことをすると、いい加減なぶどうしかできない。手をかければかけるほど応えてくれて、いいものになる。ぶどうは人間のように喋って調子を伝えることができないからこそ、人間が毎日、葉や枝の状態から調子を読み取って、適正な手入れをすることが大事なんです」

60 年を超える歴史を持つぶどう園を星野さんは引き継いだ。
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地域の農産物を使った商品開発の担当者に!
板垣 あゆみ さん

建物は影響力のある存在 誰かのためになったらいい
千葉 絢子 さん

身近な人が満足しないで、お客さんを満足させられない
石飛 勝史 さん

人に支えてもらって 自分も恩返しをしていく
高橋 大輔 さん

その人が生き切る最期に立ち会う すばらしい職業だと思っています
市場 将仁 さん

ぶどうにとって 一番の肥やしは人の足跡
星野 和志 さん

自分にとって一番大事なもの それは人だと気がついた
大塚 沙矢香 さん

患者さんが心を開いてくれるような 相手に寄り添う看護をしたいんです
岸 玖瑠美 さん

やらないより、失敗するほうがいい 挑戦しながら最適化を目指したい
米田 英史 さん

できるだけ子どもと同じ目線で 感じたり考えたりしたい
渡部 愛子 さん

トリミングは健康維持にも必要 だから、できるだけ負担を軽くしたい
井上 千尋 さん

ライフステージごとに 目標や楽しみは見つかる
阿邊 美有紀 さん

予測が立たないからこそ どう対処するかがおもしろい
鐘撞 淳一 さん
植物が好きというより 土いじりが好きだった
#ぶどう農家
#農業経営
#土いじりの哲学
#土地の豊かさを次世代へ
植物が好きというより 土いじりが好きだった
#ぶどう農家
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