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石飛 勝史 さん

#パティシエ

#キッチンカー

#楽な道より大変な道

#従業員の幸福度を高める

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石飛 勝史 さん

人が集まる場所を作りたい

石飛さんがパティシエを目指すと決めたのは、大学1年生の時。大阪にある大学の工学部に進学したが、半年で続けるのは難しいと感じ、中退するにあたって初めて将来のことを真剣に考えたという。 「商売がしたい、人が集まる場所を作りたいと思って、それが叶う喫茶店に必要なお菓子作りを学ぼうと、京都にあった製菓の専門学校に入りました。京都にしたのは、暮らすのに町の様子が自分に合うと感じたからです」

1年で専門学校を卒業し、京都市内や郊外、東京にも喫茶店(洋菓子販売併設)を経営する会社に入職した。 「そこの洋菓子はフランス菓子のような繊細なデコレーションはなくて、カジュアルなホームメイドっぽいものでした。 当時は洋菓子も職人の世界だったので、言われたことが早く正確にできないと手を出されたり、怒鳴られたりしました。 休日はほぼなく、朝六時に出勤して夕方6時に退勤の打刻をしたら、そこから夜の11時、12時ぐらいまでケーキを作る練習をするという毎日でしたね」

石飛さんは会社が新規に立ち上げたフレンチ店の仕事を経て、洋菓子販売併設の喫茶店に異動。入職してまもなく、23歳で店長に抜擢された。

「昼間はケーキを作って、夕方から厨房に入って皿洗いしたり、ホールの様子を見たり。入ったばかりで店長になったので、従業員さんに気を遣いました。若い人が多かったので、皆さんのああしたいという希望や、悩みとかを聞いて調整するような感じでしたね」

店長になって1年が経つ頃、母親から職場に電話がかかってきた。

「『お父さんが病気になった』と聞いて頭に浮かんだのは、叔父でした。僕はほとんど休みがなかったんで、叔父が病気になっても見舞いに行けないまま、島根に帰った時には葬儀が終わっていたんです。それと同じになるのは嫌だと思って、仕事を辞めて島根に戻ると決めました。そしたら、母が三刀屋に洋菓子店がオープンするという看板を見つけて、勝手に面接日の話もつけて『あんた帰ってきなさい』と(笑)。まあ、文句言いながら面接を受けて、帰ってきた翌日がオープンだったので、そこから働き始めました。25歳の時でした。結局、父は亡くならなかったんですけどね」

入職して1ヶ月後、石飛さんはここでも店長に抜擢される。そこからずっと店長を務め、三刀屋の他、出雲や斐川にもあった5店舗の統括店長となった。

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店の閉店通告 石飛さんの決断

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人が集まる場所を作りたい

石飛さんがパティシエを目指すと決めたのは、大学1年生の時。大阪にある大学の工学部に進学したが、半年で続けるのは難しいと感じ、中退するにあたって初めて将来のことを真剣に考えたという。 「商売がしたい、人が集まる場所を作りたいと思って、それが叶う喫茶店に必要なお菓子作りを学ぼうと、京都にあった製菓の専門学校に入りました。京都にしたのは、暮らすのに町の様子が自分に合うと感じたからです」

1年で専門学校を卒業し、京都市内や郊外、東京にも喫茶店(洋菓子販売併設)を経営する会社に入職した。 「そこの洋菓子はフランス菓子のような繊細なデコレーションはなくて、カジュアルなホームメイドっぽいものでした。 当時は洋菓子も職人の世界だったので、言われたことが早く正確にできないと手を出されたり、怒鳴られたりしました。 休日はほぼなく、朝六時に出勤して夕方6時に退勤の打刻をしたら、そこから夜の11時、12時ぐらいまでケーキを作る練習をするという毎日でしたね」

石飛さんは会社が新規に立ち上げたフレンチ店の仕事を経て、洋菓子販売併設の喫茶店に異動。入職してまもなく、23歳で店長に抜擢された。

「昼間はケーキを作って、夕方から厨房に入って皿洗いしたり、ホールの様子を見たり。入ったばかりで店長になったので、従業員さんに気を遣いました。若い人が多かったので、皆さんのああしたいという希望や、悩みとかを聞いて調整するような感じでしたね」

店長になって1年が経つ頃、母親から職場に電話がかかってきた。

「『お父さんが病気になった』と聞いて頭に浮かんだのは、叔父でした。僕はほとんど休みがなかったんで、叔父が病気になっても見舞いに行けないまま、島根に帰った時には葬儀が終わっていたんです。それと同じになるのは嫌だと思って、仕事を辞めて島根に戻ると決めました。そしたら、母が三刀屋に洋菓子店がオープンするという看板を見つけて、勝手に面接日の話もつけて『あんた帰ってきなさい』と(笑)。まあ、文句言いながら面接を受けて、帰ってきた翌日がオープンだったので、そこから働き始めました。25歳の時でした。結局、父は亡くならなかったんですけどね」

入職して1ヶ月後、石飛さんはここでも店長に抜擢される。そこからずっと店長を務め、三刀屋の他、出雲や斐川にもあった5店舗の統括店長となった。

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人が集まる場所を作りたい

石飛さんがパティシエを目指すと決めたのは、大学1年生の時。大阪にある大学の工学部に進学したが、半年で続けるのは難しいと感じ、中退するにあたって初めて将来のことを真剣に考えたという。 「商売がしたい、人が集まる場所を作りたいと思って、それが叶う喫茶店に必要なお菓子作りを学ぼうと、京都にあった製菓の専門学校に入りました。京都にしたのは、暮らすのに町の様子が自分に合うと感じたからです」

1年で専門学校を卒業し、京都市内や郊外、東京にも喫茶店(洋菓子販売併設)を経営する会社に入職した。 「そこの洋菓子はフランス菓子のような繊細なデコレーションはなくて、カジュアルなホームメイドっぽいものでした。 当時は洋菓子も職人の世界だったので、言われたことが早く正確にできないと手を出されたり、怒鳴られたりしました。 休日はほぼなく、朝六時に出勤して夕方6時に退勤の打刻をしたら、そこから夜の11時、12時ぐらいまでケーキを作る練習をするという毎日でしたね」

石飛さんは会社が新規に立ち上げたフレンチ店の仕事を経て、洋菓子販売併設の喫茶店に異動。入職してまもなく、23歳で店長に抜擢された。

「昼間はケーキを作って、夕方から厨房に入って皿洗いしたり、ホールの様子を見たり。入ったばかりで店長になったので、従業員さんに気を遣いました。若い人が多かったので、皆さんのああしたいという希望や、悩みとかを聞いて調整するような感じでしたね」

店長になって1年が経つ頃、母親から職場に電話がかかってきた。

「『お父さんが病気になった』と聞いて頭に浮かんだのは、叔父でした。僕はほとんど休みがなかったんで、叔父が病気になっても見舞いに行けないまま、島根に帰った時には葬儀が終わっていたんです。それと同じになるのは嫌だと思って、仕事を辞めて島根に戻ると決めました。そしたら、母が三刀屋に洋菓子店がオープンするという看板を見つけて、勝手に面接日の話もつけて『あんた帰ってきなさい』と(笑)。まあ、文句言いながら面接を受けて、帰ってきた翌日がオープンだったので、そこから働き始めました。25歳の時でした。結局、父は亡くならなかったんですけどね」

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店の閉店通告 石飛さんの決断

ドラッグでカードをめくる

Card 1

地元でできることが まだまだいっぱいある

力石 淳 さん

Card 2

地域の農産物を使った商品開発の担当者に!

板垣 あゆみ さん

Card 3

建物は影響力のある存在 誰かのためになったらいい

千葉 絢子 さん

Card 4

身近な人が満足しないで、お客さんを満足させられない

石飛 勝史 さん

Card 5

人に支えてもらって 自分も恩返しをしていく

高橋 大輔 さん

Card 6

その人が生き切る最期に立ち会う すばらしい職業だと思っています

市場 将仁 さん

Card 7

ぶどうにとって 一番の肥やしは人の足跡

星野 和志 さん

Card 8

自分にとって一番大事なもの それは人だと気がついた

大塚 沙矢香 さん

Card 9

患者さんが心を開いてくれるような 相手に寄り添う看護をしたいんです

岸 玖瑠美 さん

Card 10

やらないより、失敗するほうがいい 挑戦しながら最適化を目指したい

米田 英史 さん

Card 11

できるだけ子どもと同じ目線で 感じたり考えたりしたい

渡部 愛子 さん

Card 12

トリミングは健康維持にも必要 だから、できるだけ負担を軽くしたい

井上 千尋 さん

Card 13

ライフステージごとに 目標や楽しみは見つかる

阿邊 美有紀 さん

Card 14

予測が立たないからこそ どう対処するかがおもしろい

鐘撞 淳一 さん